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紫吹淳のダメっぷり、ばあやとその夫の存在!実家は三洋、やっぱりお金持ちだった!

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紫吹淳さんは宝塚歌劇団出身の女優さんです。その紫吹淳さんの生活のダメっぷりと「ばあや」とその夫の存在を調べてみました!

紫吹淳さんの実家はお金持ちで、父親の勤務先は出身地の近くの三洋電気ではないかうわさされています。紫吹淳さんの宝塚音楽学校受験と併せて書こうと思います!

紫吹淳さんのダメっぷり、「ばあや」こと菅由美子さんとその夫の存在とは!

紫吹淳

紫吹淳(しぶきじゅん)さんは元宝塚歌劇団の男役トップスター!宝塚音楽学校を卒業後、1986年の宝塚初舞台での演目は「レビュー交響曲」でした。1992年の新人公演の「スパルタカス」で主役に挑戦。たくさんの作品で主役に抜擢され、2001年には宝塚歌劇団月組のトップスターに!

2004年3月に宝塚歌劇団を退団、4月に「女優宣言お披露目記者会見」を行って女優としてデビューしています。

紫吹淳さんがブログで「リカです」と自分のことを言っているのは、本名が「棚澤理佳(たなざわりか)」だからなんですね。

バラエティー番組でもその美貌とちょっと天然なキャラクターで目立つ紫吹淳さんですが、「ばあや」という存在に支えられていることはご存知ですか?

「ばあや」と呼ばれているのは紫吹淳さんのマネージャーの菅由美子さん。もともと紫吹淳さんのアンオフィシャルなファンクラブの代表の方だったのだとか。

どうしてファンクラブの代表だった人がマネージャーを務めているのか?不思議ですよね。菅由美子さんの家族は?夫はいるのか?気になることを調べてみました。

紫吹淳

宝塚歌劇団のファンクラブというのは、ファン同士が活動資金を集めて設立し、運営するものなんだとか。菅由美子さんはその紫吹淳さんのファンクラブの代表だったんですね。

20歳になった紫吹淳さんが一人暮らしを始めたのをきっかけに、菅由美子さんが毎朝起こしに来たり、公共料金を支払ったりなどの身の回りのことを買って出ていたんだそう。

宝塚歌劇団にはマネージャー制度がないので、ファンの皆さんが無償で世話をしていたんだそうです。

紫吹淳さんが宝塚歌劇団を退団して、芸能事務所のオスカープロモーションに所属したときに菅由美子さんが正式にマネージャーとしてついたのです。

紫吹淳さんができないこととは?

「ばあや」に生活のサポートをやってもらっている紫吹淳さんは、何ができないのかまとめてみました。

  • 宝塚音楽学校では一番年下だったので、在学の2年間は洗濯をしたことがなかった。
  • 生きてきた中で、掃除機をかけたことがない。
  • 料理ができない。手料理は26年間やったことがなかった。
  • 公共料金の支払い、ATM操作、銀行振り込みができない。
  • 電車の切符が購入できない、suicaのチャージができない。

菅由美子さんが紫吹淳さんの身の回りのサポートを始めた時は、結婚していて、夫がいました。子供はいなかったものの、紫吹淳さんに付きっ切りになってしまっていますので、夫とはもめていたころもあったんだそうです。

現在は、正式なマネージャーとしてお給料も出ていますから、菅由美子さんの夫も応援してくれているそうです。

宝塚時代の紫吹淳さんの映像もありました。身のこなし、カッコイイですね!なんとなく松田翔太さんに似ている感じがします!これはばあやじゃなくても尽くしてしまうかも!?

紫吹淳さんの信念とは?

ばあやに生活のほとんどを任せている紫吹淳さん。「花嫁修業が出来るほど厳しい」といわれる宝塚音楽学校を出ているのに、何も出来なくなってしまったのはどうしてでしょうか?

それは、紫吹淳さんの「信念」にありました。「信念」というのは、「トップスターたるもの、生活感を出してはいけない」と徹底していること。紫吹淳さんの中ではトップスターは孤高の存在。みんなとつるむこともなかったし、誰かとご飯を食べに行くということもしなかったそう。さらに紫吹淳さんは31年間、1人で外食をしたこともなかったそうです。

その信念を貫いた結果、女友達と呼べる人は1人もいないという状況に…。

「2035年問題」と紫吹淳さんの成長

何もできないというよりは、何もしてはいけないと思っている紫吹淳さん。ばあやという存在がいるから生活が成り立っていますが、2035年にはばあやの菅由美子さんは73歳になってしまうので、いつまでも「ばあや」に頼っていてはいけないと思うようになってきたんだそうです。

73歳は、日本女性の健康寿命と言われています。紫吹淳さんは「ばあや」の健康のために「ばあやのメンテナンス」を行っています。

まるで親孝行の娘のように、年に1回の人間ドックを受けさせ、半年に1回の海外旅行。月に1回もマッサージ、週に1回の運動。すべての手配はやはり「ばあや」の菅由美子さんがしているのかも知れませんが…。

根本的には紫吹淳さんの自立につながらないと思った菅由美子さんは、紫吹淳さんが自分を客観的にみられるようにとバラエティー番組に出演させました。

バラエティー番組には出たくなかったという紫吹淳さんは、生活の世話をばあやに頼っている自分を「痛い女性」と自覚できるようになって来ました。今では、素の自分でいられるバラエティー番組に出演を促してくれたばあやに感謝しているそうです。

紫吹淳さんはバラエティー番組に出て自立を意識し、最近ではコンビニで買い物ができるように。菅由美子さんは、紫吹淳さんに「今すぐにでも嫁に行ってほしい」と言っているそう。

紫吹淳さんは菅由美子さんとの関係を「紫吹さんが夫、菅さんが妻のような関係」と言っています。紫吹淳さんの生活には賛否あるそうですが、トップスターのイメージを崩すことのなかった信念には脱帽です。紫吹淳さんを支えてくれる「ばあや」とのタッグでもっと成長し、魅力が増すことでしょう!

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紫吹淳さんの実家は三洋、宝塚出身者はやっぱりお金持ちだったのか!?

紫吹淳さんは3歳からダンスを始めています。足腰の弱さを心配した両親の勧めだったんだそうです。しかし、中学時代のバレエ教室の発表会で身長が伸びすぎていることに気が付いてしまった紫吹淳さんはバレエのレッスンに行かなくなってしまいます。伸ばしていた髪の毛も切ってしまいました。

しかし、しばらくたってやっぱりバレエ好きだと思い、レッスンに通い始めたところ、宝塚ファンだったバレエ教室の講師に宝塚受験を勧められたのをきっかけに高校受験と共に受験し、見事合格しています。

宝塚音楽学校に入学するには、すごい倍率から合格を勝ち取らなければいけませんので、幼少期から英才教育やバレエを習わせているケースが多いみたいです。紫吹淳さんの実家では宝塚音楽学校に入学させるつもりではなかったものの、結果的に例外ではないようですね。

3歳からバレエ教室に通わせられる家庭なので、実家もお金持ちなのではないかと想像してしまいますね。お金に余裕があるということは、実家が地元の企業の経営者なのではないかとのうわさもありますが、実際はどうなんでしょうか。

そこで、紫吹淳さんの実家について調べてみました。紫吹淳さんは群馬県邑楽郡(おうらぐん)大泉町の出身です。近くに熊谷市や行田市、深谷市、舘林市があるので夏は暑い地域かも知れませんね。

紫吹淳さんの実家の家業は何かというと、父親は普通にサラリーマンをしていたようでした。サラリーマンとは言え、大手企業だったそうだということはわかったのですが、はっきりとどの企業だったのかはわかりませんでした。

そこで、紫吹淳さんの実家の群馬県邑楽郡大泉町の近くの大手企業を探してみました。どうやら工場が多い地域のようです。工場の企業の中でも年収が高いと言われる大手企業は、「マルハニチロ」「味の素」「旧三洋電機(現パナソニック)」「SUBARU」あたりだと考えられています。

紫吹淳さんの父親の務めていた企業は三洋電機だったのではないかと憶測が広まっていますが、それが本当かどうかはわかっていません。

三洋電機の子会社の群馬工場は半導体工場だったそうです。現在は三洋電機の半導体の工場は移転していますが移動すると町の経済に与える影響が大きいとされていましたので、大きい工場だったんですね。

もしかしたら紫吹淳さんの父親も三洋電機に務めていたかも知れませんね。

まとめ

  • 紫吹淳さんは「ばあや」に生活のサポートをしてもらっていた。
  • 「ばあや」は自分の夫よりも紫吹淳さんを優先。
  • 紫吹淳さんのトップスターに対する「信念」が強い!
  • 紫吹淳さんの実家は群馬県邑楽郡大泉町。
  • 紫吹淳さんの父親は三洋電機に勤めていたかも知れないが本当のことはわかっていない。

「ばあや」の菅由美子さんは、紫吹淳さんへの無償奉仕はなんと11年間!自分の夫よりも一緒にいた時間が多かったのではないでしょうか。びっくりの一言に尽きますが、それほどまでに紫吹淳さんに惚れこんでいたんですね!魅力があふれる紫吹淳さんのこれからの活躍と自立に期待ですね!

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